
1. はじめに:日本における地中電力インフラの重要性
現代社会において、電力は経済活動や日常生活を支える不可欠な基盤であり、その安定供給は国家の発展に直結しています。日本における電力供給ネットワークは、架空送電線と地中電力ケーブルによって構成されており、近年、地中電力ケーブルの重要性が増しています。その背景には、頻発する自然災害に対する強靭性の向上 、都市景観の改善 、そして安全で快適な公共空間の確保 といった要因があります。しかしながら、日本は依然として電柱が多く存在する国として知られており、「無電柱化」に向けた取り組みが継続的に行われています 。
本レポートでは、日本国内の地中電力ケーブルの総延長に関する現状を把握するため、様々な情報源から得られたデータを分析します。具体的には、最新の全国的な推計値、主要電力会社のデータ、地域ごとの差異、過去からの推移、そして地中化を推進する要因と課題について考察します。さらに、海外の事例と比較することで、日本の地中化の現状を相対的に評価することを目的とします。
日本の電力インフラに対する関心の高まり、特に地中ケーブルの総延長に関する問いは、自然災害の多発という背景の中で、より安定した電力供給への期待の表れと言えるでしょう。また、都市部においては、景観への配慮や生活空間の質の向上という観点からも、地中化へのニーズは高まっています。この現状と将来への展望を理解することは、エネルギー政策や都市計画を策定する上で重要な意義を持ちます。
2. 日本国内における地中電力ケーブルの総延長の現状推計
日本全国の地中電力ケーブルの総延長に関する最新の包括的な統計データは、複数の情報源から得られます。国土交通省の資料 によると、2020年6月時点において、日本の電線総延長は約138万kmであり、そのうち地中化されている電線の延長は約8万kmと報告されています。これは、日本全体の電線に占める地中化率が約5.8%であることを示しています。この数値は、送電線と配電線の両方を含む総延長であると考えられます。

主要な電力会社である東京電力(TEPCO)のデータからは、より詳細な情報が得られます。2015年度末時点の設備量 によると、東京電力の地中送電線の長さは電線路亘長で6,420km、回線延長で12,403kmとなっています。より新しいデータとして、2023年度末時点 では、東京電力の地中配電線の総延長は39,767kmに達しています。送電線は発電所から変電所へ高電圧の電力を輸送する役割を担い、配電線は変電所から需要家へ低電圧の電力を供給する役割を果たします 。したがって、東京電力だけでも、送電線と配電線を合わせると、相当な長さの地中ケーブルが敷設されていることがわかります。
地域による地中化の進捗状況には大きな差が見られます。国土交通省の資料 によると、東京都心部(千代田区、中央区、港区)では地中化率が88.3%、東京23区全体でも47.5%と、全国平均を大きく上回っています。一方、東京都の無電柱化整備延長 は、2019年時点で986kmであり、2014年度から2019年度の5年間で167kmが整備されました。さらに、東京都の都道における地中化状況 は、2017年度末時点で整備対象延長2,328kmのうち935kmが地中化され、地中化率は40%となっています。しかし、多摩・島しょ地域では地中化率が18%にとどまっており、同じ東京都内でも地域差が大きいことがわかります。
都市部、特に人口密度が高く、商業活動が活発な地域ほど地中化が進んでいる傾向が見られます。これは、都市景観の向上や限られた地上スペースの有効活用といったニーズが高いことが要因として考えられます。また、大規模災害発生時の早期復旧という観点からも、重要な都市機能が集積する地域での地中化が優先されている可能性も示唆されます。
3. 日本における地中化の歴史的推移
日本における地中化の取り組みは、長年にわたり段階的に進められてきました。東京電力の配電線地中化率の推移 を見ると、1965年度末にはわずか3.0%であった地中化率が、2023年度末には10.3%まで上昇しています。同様に、東京電力の送電線地中化率 も、1965年度末の15.5%から2023年度末には30.7%へと着実に増加しています。これらのデータは、地中化が継続的に推進されてきたことを示しています。
全国的な視点で見ると、日本では3年ごとに無電柱化の計画が発表され、工事が進められています 。これは、政府主導で地中化を推進する長期的な取り組みがあることを示唆しています。しかし、過去の計画期間における整備延長の実績を見ると、最も多かった第5期計画でも年間約440km程度であり、日本の道路総延長と比較すると、その進捗は緩やかであると言わざるを得ません。
過去からの地中化の進展には、技術革新、政策の変化、社会的なニーズの高まりなど、様々な要因が影響してきたと考えられます。例えば、ケーブル敷設技術の向上や、より耐久性の高いケーブルの開発などが、地中化を促進する要因となった可能性があります。また、1980年代から政府が観光地などを中心に地中化を推進してきた ことも、その進展に寄与したと考えられます。
しかし、計画目標と実際の進捗との間にはギャップが存在することも事実です。これは、後述するコストの問題や、工事の複雑さ、関係機関との調整の難しさなどが影響していると考えられます。それでも、長期的な視点で見れば、日本における地中化は着実に進展しており、今後もその傾向が続くと予想されます。
4. 日本における地中化を推進する要因と課題
日本における地中化の取り組みは、複数の要因によって推進されていますが、同時に多くの課題も抱えています。
最も重要な推進要因の一つは、自然災害に対する強靭性の向上です。日本は地震や台風などの自然災害が多発する国であり、1995年の阪神・淡路大震災では、架空電線が比較的早期に復旧した一方で、地中化された区間の復旧には2ヶ月以上を要した事例 もあります。しかし、近年の異常気象による激甚な風水害の頻発 を考慮すると、電柱の倒壊による道路の寸断や停電のリスクを回避できる地中化のメリットは大きいと言えます。実際に、1999年のパリでの大規模な嵐や2007年のドイツでの嵐の際には、地中化された地域の方が架空線の地域よりも停電の発生が大幅に少なかったという事例 が報告されています。
都市計画と景観の観点も、地中化を推進する重要な要因です。電柱や電線がなくなることで、空が広くなり、開放的な美しい街並みが形成され 、観光振興にもつながります。また、歩行空間が広がり、高齢者やベビーカーを利用する人々の移動が容易になるなど、バリアフリー化にも貢献します 。しかし、日本においては、電柱のある風景が都市のアイデンティティの一部として認識されている側面 もあり、文化的な抵抗感も存在します。
政府の政策も、地中化の重要な推進力となっています。2016年には無電柱化推進法 が制定され、2018年から2020年の3年間で約2,400km 、さらに2021年度から5年間で約4,000km の新たな無電柱化に着手する目標が設定されています。これは、政府が地中化を重要な政策課題として位置づけていることを示しています。
一方で、地中化には多くの課題も存在します。最も大きな課題は、コストの高さです 。日本では、1kmの地中電力線を設置するのに平均360万ドルの費用がかかるのに対し、架空線ではわずか17万ドルであり、その差は20倍以上にもなります 。ヨーロッパでは、建設方法や土壌条件の違いにより、地中化のコストは架空線の4〜5倍程度に抑えられています 。日本でコストが高い主な理由の一つとして、電力ケーブルと通信ケーブルを一体的に敷設する電線共同溝方式が一般的に採用されている ことが挙げられます。
技術的な課題や維持管理の面も考慮する必要があります。地中ケーブルの修理は、架空線に比べて時間がかかる場合があり 、特に地震などの災害時には、その傾向が顕著になります。また、地中電線路は大部分が地下に埋設されているため、目視点検が可能な部分はごく限られており 、保守管理には専門的な知識と技術が必要です。近年では、高圧ケーブルにおける水トリー現象による絶縁破壊 も報告されており、適切な点検と対策が求められています。
さらに、事業主体間の調整の難しさ も、地中化を遅らせる要因となっています。電力会社、通信会社、道路管理者など、複数の関係者との調整が必要となるため、事業に時間がかかり、近隣住民への負担や不利益も大きくなることがあります。また、地域住民の協力が得られない場合 もあり、合意形成の難しさも課題の一つです。
5. 海外の基準と事例との比較
日本の地中化率は、海外の主要都市と比較して低い水準にあります。ロンドンやパリなどの欧米の都市では無電柱化率が100% であるのに対し、日本で最も進んでいる東京でもその割合はわずか7% 程度に留まっています。アジアの都市においても、台北が96%、ソウルが49% と、日本を大きく上回っています。国土全体で見ても、デンマーク、ルクセンブルク、ドイツ、イギリスなど、EU諸国では地中化率が80%を超えているのに対し、日本はわずか0.3% という報告もあります(ただし、この数値は他の情報源と大きく異なるため、特定の種類の線または異なる指標に基づいている可能性があります)。別の情報源 では、日本全体の地中化率は5.8%と報告されています。
この差が生じる主な理由として、前述のコストの問題 が挙げられます。特に、日本ではコストのかかる電線共同溝方式が一般的に採用されていることが影響しています。また、利害関係者間の調整の難しさ も、海外に比べて地中化が進まない要因の一つと考えられます。
台湾の台北市では、1992年に地中化に関する基準が制定されたことを受け、電力会社・通信会社が中心となって地中化を推進し、市中心部における配電線の地中化率(ケーブル延長ベース)は2015年時点で96%に達しています 。この事例は、明確な基準と関係主体の積極的な取り組みが、地中化を大きく進展させることを示唆しています。
海外の事例と比較することで、日本の地中化にはまだ大きな改善の余地があることがわかります。コスト削減に向けた技術開発や、より効率的な事業推進体制の構築などが、今後の日本の地中化を加速させるための鍵となるでしょう。
6. 結論と今後の展望
本レポートでは、日本国内の地中電力ケーブルの総延長について、現時点での推計、歴史的な推移、推進要因と課題、そして海外との比較を行いました。分析の結果、2020年時点での全国の地中化された電線の総延長は約8万kmであり、地中化率は約5.8%であることがわかりました。都市部、特に東京都心部では地中化率が高い一方で、地方や郊外では依然として低い水準にあります。
日本の地中化は、長年にわたり着実に進展してきましたが、そのペースは海外の主要都市と比較して遅れています。自然災害に対する強靭性の向上、都市景観の改善、そして安全な生活空間の確保といった観点から、地中化の重要性は今後ますます高まると考えられます。政府も無電柱化推進計画を策定し、目標値を設定していますが、コストの高さ、技術的な課題、関係機関との調整の難しさなどが、その達成に向けた課題となっています。
今後の展望としては、コスト削減に向けた新たな技術や工法の開発、関係機関の連携強化、そして国民の理解と協力が不可欠です。スマートポールの導入や、ケーブルとサイクリングロードを一体化した実験的なトンネル など、新しい技術や取り組みも始まっており、これらの進展が今後の地中化を加速させる可能性があります。
最終的に、日本がより災害に強く、美しい景観を持つ国となるためには、地中化を含む電力インフラの整備は重要な課題であり、その継続的な推進が求められます。
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